自称「日本一、人見知りする社長」です。資金なし、人脈なし、人望なし、自信なし、ゼロからの独立起業から9年経過。現在は年商10億円にまで成長しました。その過程では、詐欺、横領、裏切り、謀反、男女問題、人間不信、様々な問題が勃発。どんな本にも書かれていない、生々しい真実を赤裸々に書き綴りました。本当の学びは、真実から得られます。起業の裏側、経営の光と闇をのぞき見したい方は続きをどうぞ・・・・
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2007年02月27日

人見知りの私が社長になるまで 第四話

<これまでのお話>
独立起業の実現に向けてと、入社したのは典型的な 体育会系営業会社。上司の命令は絶対服従という、理不尽な状況の中、全国3位の月間営業成績を達成。その勢いで意気揚々と独立に向けての第一歩を踏み出した山本だったが、まさかこんな事になろうとは、、


光通信と代理店契約を締結し、いよいよ独立起業の第一歩をスタート。
当時(1999年)の状況は、ちょうどITバブルの真只中。インターネット関係の会社が上場すれば初値で100万以上が続出していました。
そういう時代背景を捉えて、「ヒットメール」というインターネットの商材を扱うことにしました。ヒットメールとは、光通信が提供する月額1万円のレンタルサーバーです。
当時レンタルサーバーといえば、月額3万円程していましたから、価格面だけを見ても非常に競争力のあるサービスでした。

「N社で成功した、自己アポ自己営業でやれば、アポには自信があるから、かなり売れるだう……」という思いで、営業をスタートしました。

しかし、当時は全く貯金がありません。事務所を借りる資金がないので、自宅を事務所にしました。
これが、前号の最後で少し説明した、独立起業した者がつい踏んでしまう最初の地雷「自己管理のワナ」なのです。

「自宅を事務所に」
そこに、恐ろしい魔獣が潜んでいるのです。

まずは、自宅でテレアポする為にNTTから、近畿2府4県の電話帳を全て取り寄せました。膨大な量です。自宅のワンルームマンションは、玄関を開けるとすぐ電話帳が山積みで、電話帳の図書館になってしまいました。


準備万端。ついに、自宅でテレアポスタート。
「一日中、テレアポし続けるぞ」と決意。

しかし、一時間半もテレアポすると、しんどくなってきます。
少し気分転換しようと、テレビのスイッチを入れます。

(その時、潜んでいた恐ろしい魔獣が鋭い牙で噛み付きました。)

当時、平日の10:30から「それいけアンパンマン」の再放送していました。
「10分だけ見てから、テレアポをしよう。」

(しかし、一度噛み付いた鋭い牙は、そうそう離してはくれません。)

アンパンマンのアンパンチで、バイキンマンが退散。平和が訪れジャムおじさんとバタ子さんの笑顔、ついつい最後まで見てしまうのです。

「よし、一段落ついたのでテレアポ再開しよう」

(そう思った否や、一度緩んだ牙が、また容赦なく喉笛を締め付けてきます。)

11:00からは、「名探偵少年コナン」の再放送が始まります。これも、怖ろしい事に犯人が捕まる最後まで、ついつい見てしまうのです。

(そうなると、ようやく満腹感を得たのか、鋭い牙も緩みやっと開放されます。)

しかし、時間は11:30に。
「中途半端なので、昼休憩にしよう」と言う事で長い昼休憩をとります。

午後からは、「午前中の遅れを取り戻すために、5時までテレアポし続ける」
と新たに決意し直し、テレアポスタート。

しかし、一時間半もすると、またしんどくなってきます。

(そうなると、腹をすかせた魔獣が、獲物の匂いを嗅ぎつけやってきます)

ふと本棚を見ると、漫画の本が。
ちょっとだけ読もうと、「美味しんぼ」を手に取ってしまいます。
しかし読み始めると、山岡士朗と海原雄山、親子の葛藤が織り成すストーリーについ引き込まれ、1巻から2巻と、そして3巻へと、ついつい読み進めてしまうのです。

「午後からは、5時までテレアポし続ける」という決意も虚しく、気がつけば4時半ぐらいに。
「明日から、がんばろう」とテレアポ終了。

そして、次の日も、また次の日も同じパターンを繰り返す。

少し大げさに表現しましたが、これが「自己管理のワナ」です。

つまり、サラリーマン時代はうまくいっていても、独立してからうまくいかない人の典型パターンはこれです。
特に「自宅でテレアポ」これは、よほどの精神力がないと続かないでしょう。
サラリーマンの「やらないと上司から怒られる」 「やらざるを得ない状況」というのは、違う角度からみると、すごく恵まれている環境です。
「自分で決めたことを、やり遂げる」これは簡単そうで、すごく難しいのです。
「人から言われた事だけをやる」これは、ある意味 楽なのかもしれません。

そうやって「自己管理のワナ」に嵌(ハマ)る日々を、しばらく続けてしまいました。

そして、収入がないので、とうとう生活費も底をつきました。
仕方がなく、プロミスでキャッシング。
人生初で、サラ金に手を出してしまいました。
実は私がまだ小さい頃、親戚がサラ金に手を出して 夜逃げをしています。
幼心に「絶対サラ金には手を出さない」と思っていました。
しかし、自宅近くの 無人機で、手軽に借りれるものでした。
金利は年利26%。恐ろしく高い金利だと、思いました。


「このままでは、借金地獄で親戚の二の舞いに」という、恐怖に襲われました。
ある意味「やらざるを得ない状況」に自分が置かれました。

それでようやく、「自己管理のワナ」から脱出することに成功。
毎日、6時間以上テレアポできるようになりました。
「借金地獄」「夜逃げ」という恐怖が、テレアポし続ける支えになったのです。

それに伴い、週2件のペースで契約が取れ始めました。
一契約8万のインセンティブがあったので、
「これで、借金地獄どころか、月収100万も見えてきたぞ」と恐怖から一転、月収100万という目標が出来ました。

ところが、容赦なく次のワナが降り掛かってきました。
それは「品質のワナ」です。

ある日、契約を頂いたお客様から電話がありました。
「申込みしてから、2ヶ月 経つけど、いつからサービス始まるの?」
調べてみると、確かにサービスは開始していませんでした。
早速、光通信に問い合わせ。
「実は、申込み殺到していて、開通が3ヶ月待ちになっています。」
それを聞いて、背中が凍りつきました。
「こんなに遅いと、解約が続出するだろう」
案の定、解約が続出。しかし冷静に最悪を想定して、
「お客様の半分は残るだろう。それだけでも、よしとしよう」
予想通り、半分以上のお客様は、サービスの開始を待ってくれるという返事を貰いました。

ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、それを打ち砕くような出来事が起こりました。
マスコミからの、「光通信バッシング」です。
光通信は、携帯電話販売で急成長した会社で、当時は最短スピード上場の記録を持っていました。その反面、強引な営業方法で悪い噂の絶えない会社でした。
ある日新聞記事に「携帯電話寝かせ、不正営業発覚」という記事が出ました。
携帯電話寝かせとは、数を売ればインセンティブが上がるという仕組みを悪用して早期解約目的に、携帯電話を社員や取引先に多数契約させ金銭バックするというやり方です。
違法ではありませんが極めてそれに近いやり方です。
ここぞとばかりに、マスコミは光通信をバッシングしました。
叩けばホコリが出るもので、インサイダー疑惑等々いろいろ発覚し、テレビ、雑誌を連日賑わせました。
そうなれば、せっかく残ったお客様も、「光通信みたいな、信用できない会社のサービスだったら、いらんわ」ということで、ほとんど消えてしまいました。

これが、「品質のワナ」です。
これは、特赦なケースではありません。よくあることです。
おもしろそうな商品やサービス。
「よし、いける」で一気に販売。
しかし、後で不良品が続出したり、納品した後に予期せぬ不具合が発覚、またはメーカーが潰れる。特に中小メーカーの商品やサービスは、常に「品質のワナ」を考えて慎重に売らないといけないのです。

「自己管理のワナ」「品質のワナ」この2つの地雷を見事に踏んでしまいました。
残ったのは、山積みの電話帳と借金です。

新規で営業しようにも、光通信がこの状態では、到底無理でした。

こうして、最初の独立起業は、無残に失敗しました。

しかし、いつかこの経験が財産になると信じていました。

とりあえず、生活と借金返済の為、アルバイトをしました。
21歳当時のフリーター生活に逆戻りです。
昼間は、カマボコ工場、夜は、警備。
住吉大社で初詣の警備と、正月も休みなく働きました。借金を返済するためです。

アルバイトで知り合う人たちの話題は、パチンコ、競馬、女性関係の話ばかりでした。 

「朱に交われば、赤くなる」事のないように、あまり仲良くならないようにしていました。
だけど、これからどうすればいいかは、全く見えない日々を送っていました。

そんなある日、また人生の流れを変えるきっかけが訪れました。
ヒットメールのお客様で、仲良くなった社長から電話があり
「訪問販売で日本一の営業マンの知り合いが、独立して会社を作るので、そこで、働いてみないか」という、誘いがあったのです。

とりあえず詳しい話を聞く為、後日ファミリーレストランで 日本一の営業マンことYさんと会いました。
Yさんの見た目は、サラリーマン金太郎役を演じていた俳優の高橋克典にそっくりでした。Yさんは、私と同じ年(当時26歳)、浄水器の訪問販売では、2年間通して正月以外は売れない日がなかったという、訪問販売業界では伝説の人でした。

Yさんは、満面の笑みで「10台売れば、月収100万稼げるよ」
と簡単そうに言いました。
前の仕事で、達成できなかった月収100万と、この人から営業を学びたいという思いがあり、Yさんの会社で創業メンバーとして、働かせて貰う事になりました。

そこでは、営業の厳しさが身に染みる出来事が数多くありました。
なぜなら、Yさんは訪問販売業界で「鬼のY」と言われるほど非常に厳しい人だったからです。

                 <次号に続く>

どんなに、厳しかったのか…….
なぜ、営業の厳しさが身に染みたのか…………
それは………
一般家庭への訪問販売ならではの、
あまりにも生々しい出来事が数多く存在。
どんな本にも書かれていない、本当の真実が………


posted by やまもと あつひさ at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 人見知りの私が社長になるまで 第1話〜第5話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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