自称「日本一、人見知りする社長」です。資金なし、人脈なし、人望なし、自信なし、ゼロからの独立起業から9年経過。現在は年商10億円にまで成長しました。その過程では、詐欺、横領、裏切り、謀反、男女問題、人間不信、様々な問題が勃発。どんな本にも書かれていない、生々しい真実を赤裸々に書き綴りました。本当の学びは、真実から得られます。起業の裏側、経営の光と闇をのぞき見したい方は続きをどうぞ・・・・
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2007年03月16日

人見知りの私が社長になるまで 第六話

<これまでのお話>
訪問販売業界で伝説の人、鬼のY氏の下で営業の厳しさを痛感した山本。手元に残ったものは、年利26%の金利がついた、元金の減らない借金。しかし、再起を賭け飛び込んだ先で未来は拓かれていくのであった……



日払いのアルバイト生活。
昼夜逆転の肉体労働で疲れきった、鉛のように重い体。
夕方前に目を覚まし、出勤前にあわてて体に流し込むコンビニ弁当。
PM7:00、東大阪の長田駅集合。
アルバイト専用送迎バスに乗り込む。
そこからバスに揺られる事、約1時間。
人里離れた山奥にある佐川急便配送センター。
12時間という長時間の肉体労働。
次から次へと、コンベアーから迫りくる荷物。
「割れ物注意」「精密機械」「天地無用」
おかまいなしに、積み込むトラックへ放り投げる。
しかし、荷物はとめどもなく流れてくる。
途中で逃げ出したくても逃げられない。
なぜなら、今自分がいる、この場所がどこだかわからないから。
時計が一周した頃、ようやく勤務終了。
アルバイト一同一列に並び、順々に
「日当」と書いてある白い封筒を貰ってから、
バスに乗り込む。
疲れきった体を引きずりながら、自宅マンションに到着。
ふと、郵便受けを開けると、恋人からの手紙ではなく、サラ金からの返済予定表。
そんな、光の見えない、苦しい日々を2ヶ月ほど続けました。

しかし、ここから人生が大きく好転するバイオリズムに突入するとは思ってもいませんでした。

ある日の出来事です。
目を覚ましてからすぐ、弁当を買う為、いつものようにコンビニへ。
そこで、ふと手にした求人雑誌を見てみると
「月収100万可能、固定給50万から」という求人広告に目を奪われ、早速面接応募。
面接も無事クリアして採用となるが、前回の第五話で書いたとおり、実は求人内容とは
大きく違い、フルコミッション営業。
販売する商品は、NTTコミュニケーションズのアダプター(Nコムアダプターと以下略)です。

2000年当時は、まだマイラインが始まっていません。
日本テレコムやKDDI(新電電と以下略)を使いたい場合は、「0088」
「0077」の識別番号をダイヤルするか、自動的に識別番号を付与してくれるアダプターを取り付けるかという、どちらかを選ぶ必要がありました。
新電電各社は、アダプターを事業所へ無料で設置するという営業をしていました。
ですので、当時は、ほとんどの事業所にアダプターが付いているという状況です。
Nコムアダプターとは、自動的にNTTと新電電どちらか安い方を選択するという機能がありました。あと、新電電と通話料金が同額地域の場合、NTTを優先するという機能もありました。
しかし、割引前の通話料金で比較しますので、NTTと新電電は、ほとんどが同額地域。ですので、結果的には、大半の通話料金がNTTに流れるという、非常にNTTにとっては都合の良いアダプターです。

私は、通信業界経験者という事もあり
面接時に社長から、
Nコムアダプターの説明もして頂けました。
「こんなお客さんにメリットのない商品がなぜ売れるのだろう」と疑問が生まれました。
しかし、グラフを見ると大半の営業マンが、
月間400回線以上取っているという事実がありました。
社長は「うちの営業トークを見ればわかる」と得意げに言っていました。

入社までの数日間で、自分なりにどんなトークなのか想像してみました。
N社での経験で、かなり市場が荒れていることはわかっていました。
「安くなります」という言葉だけでは、お客様は飽きていて、なかなか聞く耳も持ってくれない。
しかも、Nコムアダプターは通話料金が安くもならない。
いろいろ考えましたが、売れそうなトークは、とうとう思いつきませんでした。

そして、ついに入社初日がやってきました。
一体どんなトークで、営業マンは成果をあげているのだろう?
その疑問は、営業トークを見て一気に解決しました。

まさに
「コロンブスの卵」。
発想の転換をした、斬新なトークでした。

そのトークは、
料金の事は一ミリたりとも、説明しないトークです。

通信業界の常識では、全くありえないトークなのです。
だからこそ、400回線以上の営業マンを数多く輩出できたのでしょう。
そのトークの切り口とは…………..

ズバリ!! メンテナンスを切り口にした「メンテナンストーク」です。
NTTの信用度を、100%フル活用したトークです。

「今の新電電のアダプターのままでしたら、もし故障が発生した場合、NTTでは修理対応できません。NTTで修理対応できるようにNコムアダプターに交換しませんか?もちろん今お使いの新電電は、今までどおりお使いいただけます。」というトークです。

このトークの凄まじさは、実際の営業現場で如何なく発揮しました。

このトークを聞いた受付は、
慌てて担当者を呼びにいき、担当者は、
まるで夢遊病者の様に「NTTだったら安心」と、社印を押してくれました。
トークの話はこれ位にして、入社後の話をします。

入社初日から、Nさん(後のコミュニケーションライン初代社長)が、私の教育係りとなり同行営業をはじめとして、いろいろ教えてくれました。
年齢は、私より2歳上で、役職は大阪支店長です。
毎月800回線前後取っており、大阪支店ではトップセールスです。

とにかく私は、徹底的にNさんを真似てみました。
Nさんの営業トークを録音し、通勤中に聞き続けました。
Nさんの生まれは兵庫県の山手の方で、独特の訛りがありましたが、それも真似しました。

その結果、入社初月で450回線獲得し、会社から新人賞として賞金を貰いました。
しかし、給与日に貰えるのは30万で、残りはアダプター設置完了してからですので
3ヶ月先です。まだまだ、生活は楽にはなりません。

そして、入社2ヶ月ほど経過したある日の事です。
Nさんが営業マンを何人か招集して、ご飯を食べに行きました。
場所は、会社近くの中華料理屋です。
みんなが食べ終わった頃を見計らったかのように
Nさんは「みんなに大事な話がある」と言ったのです。
「一体なんの話だろう」と営業マン全員、固唾を飲んでNさんの次の言葉が出てくるのを待ちました。
「実は、社長と話をしていて、2次代理店としてやっていく事にきまった。なので、みんなに力を貸して欲しい」と言ったのです。
わかりやすく言うと、みんなで会社を共同出資して作って、今の会社の傘下代理店として
営業をやっていく。当然、今よりインセンティブは良くなる。という事です。
社長自身、社員を雇って長く経営する気はなく「儲けれる時にだけ、人がいればいい」という考えの様で、こだわりがなかったのでNさんの話に乗ったようです。
あと、「対外的には、Nさんが一応社長をやるが、今回集まったメンバー全員が社長の様なものであり共同経営で、自分が上げた利益は全部自分のもので、経費は折半する」というのが、Nさんの方針でした。
これを聞いた私は、最初はとまどいましたが即座にNさんの提案に乗ると決めました。
残りのメンバーも、全員Nさんの提案に乗りました。
なぜなら、Nさんは非常に人望が厚かったからです。
「Nさんなら、大丈夫」とみんな思ったようです。

Nさんは、ほとんど毎日、昼休憩に全営業マンに電話していました。
午前中取れなくて落ち込んでいるときには、「昼からは、いい波がくるから大丈夫」と、その言葉を聞いて、肩の力がスッと抜けて、昼から調子がよくなった、という事も何度もありました。
あと、成績が悪くクビになりかけた営業マンを、身を挺してかばう事もありました。
だからこそ、「Nさんについていけば、大丈夫」とみんな思ったのです。
Nさんの提案に乗ったのは、私と、最年長のKさん、「ラーメン大好き小池さん」そっくりのIさん、唯一の既婚者Gさん、レーサーのI君、最年少のM君。計7名が集まりました。
全員で、いくらかお金を出しあって会社の出資金に回しました。

事務所は、私の知り合いから間借りさせてもらう事になりました。

会社を登記する為、社名を決める事になりました。
NTTコミュニケーションズに勘違いされる社名が一番いいのではないかということで、全員一致でこう決まりました。
「コミュニケーションライン有限会社」
すごく安易な決め方だったなと思います。
2000年8月1日に登記完了し、
「コミュニケーションライン」が、遂に誕生。
社長は、Nさんです。
残りの6名は、取締役で何事も7名で相談して決めるというのが、Nさんの作ったルールした。

しかし、そのルールをことごとく破る人が出てきました。
ルールを決めた張本人が、真っ先に破るのです、、、
         
   
ここでまた、人が豹変するのを見てしまう事になる山本。
そして、共同経営のよくある失敗パターンに嵌る事になっていく。
一体、ここからどうやって山本が社長になったのか…………。
            <次号に続く>

2007年11月12日

人見知りの私が社長になるまで 第7話

今号より、いよいよ本編再開。ここから、お話しする内容は、

はっきり言って8億円以上の価値があります!?

月給20万、手取りで17万のサラリーマン生活。
そして、夢の独立起業。
しかし、独立起業者した者が、つい踏んでしまう地雷を、
避けることが出来なくあえなく失敗。
そして、サラ金を返済しながら、光の見えない、どん底のフリーター生活。
再度、サラリーマンに逆戻りするも、それも挫折。
またも、サラ金を返済しながら、どん底のフリーター生活に転落。
そして、再び独立起業し、軌道にのるが、
共同経営にありがちな、仲間割れ勃発。
その結果、社員総勢20人から、自分を含め2人に縮小し、再スタート。
「災い転じて福となる」で、そこから会社は急成長を遂げる。
そして、NTTコミュニケーションズ代理店日本一、年商8億円達成。

今までにお話した内容と、
これから本編でお話しする内容を、あらすじで書きました。

「なぜ、この話が8億円以上の価値があるのか?」

なぜなら、これからお話しする内容には、
年商8億円の会社を作る為の知恵がたっぷりと、
含まれているからです。

「そんな類の本は、そこらへんに溢れているのじゃないの?」と、
あなたは思いませんでしたか?
その通りです。



本屋に行くと、成功者が書いたと言われる
数多くの「経営本」「成功本」が並んでいます。
しかし、その多くは机上の空論で役に立たないのです。

なぜなら、真実が語られていないからです。

「いいことをすれば、運が巡ってきて、成功する。」
「お金は、あとからついてくる。」
「努力は、必ず報われる。」……etc

成功者が、よく使う言葉です。
確かに、その通りだと思います。
しかし、実際の世の中は、そんな単純ではありません。
いろいろな要素がもっと複雑に絡み合っています。
成功した今だからこそ、使える言葉ではないでしょうか?

本が出る目的は、「本を売る」為です。
真実を書く=本が売れる、ではないのです。
売れるように書くために、どうしても脚色され、真実が抜け落ちているのです。
成功者は、美しい事しか語りたがらないのです。

しかし、人生やビジネスにおいて、本当に役立つものは、
ありのままの真実から何かヒントを掴み取ることです。
これより、創業から年商8億円になるまでの、真実の軌跡をお話します。
ぜひ数多くのヒントを掴み取ってください。

それでは、本編再開します・・・・・・・・・・・









プロローグ

いつかは、こうなると思ってたんや・・・
やっぱり、おまえらもそうか・・・・
あの時も、そうやった・・・・
俺を見捨てて、どこかにいってしまった母親と同じや・・・・
・・・・・

酔いが回ったのか、男は唐突に、こんな事を言い始めた・・・・・・・
男の一重の小さな目は、充血で真っ赤になっていた・・・・・・
その赤く染まった目を見ると、
夕暮れ時、
遠ざかるにつれ、小さくなっていく母親の背中を見送る、
寂しそうな少年の姿が、何故か脳裏に浮んだのだった・・・・・・・・・

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今から7年前の西暦2000年。
この年の主な出来事は、アイドルグループ「SPEED」の解散、
雪印集団食中毒発覚、
オリックスのイチローが、大リーグのシアトルマリナーズへ移籍し、
日本人として初の大リーガー野手誕生などでした。

この年の8月1日、大阪の地にコミュニケーションライン有限会社
(後のコミュニケーションライン株式会社)が誕生しました。

創業メンバーは、Nさん、Kさん、Sさん、Gさん、Iくん、Mくんの私を含め計7名で、
全員が前会社の同僚です。
社長は、今回の発起人であり、前会社では営業所長で、最も人望のあるNさんです。

しかし、もう一人社長がいました。
それは、最年長のKさんです。

なぜ、社長が2人もいるのか?
ご存知ないかもしれませんが、会社法では2名代表制というのがあるのです。

「自分は、トップではなく、ナンバー2が向いている」とNさんが思っていたようなので
表向きの社長は、最年長のKさんで、実質の社長業をするのは、Nさんという
ややこしい形になりました。
これが、後々のNさんとKさんの確執を生むことになろうとは・・・・



残りの5名は、取締役で何事も7名で相談して決めるというのが、
Nさんの作ったルールです。
そして、家賃、備品、事務員の給与などの会社運営上発生する経費は、
7人の頭割りで負担し、自分が挙げた売上は、全部自分の取り分というルールも
Nさんの主導で決まりました。

しかし、そのルールをことごとく破る人がいました。
ルールを決めた本人が、真っ先に破るのです。

今思えば、非常に幼稚な考えで、会社をスタートしました。
そもそも、創業メンバーの7人は、一つの志を下に集まったわけでもなく、
ただ単に、「お金が稼げる」それだけのつながりです。
ですから、お金で集まった人間は、お金が元でいざこざが起こり、お金で離れていくのです。

そして、とにかく準備も整い、営業開始。
事務所は、安く済ませるため、
私の知り合いの社長の事務所を間借りさせて貰いました。

販売する商品は、NTTコミュニケーションズの回線選択アダプターです。
営業のやり方は、現在と違い、飛込み営業のみです。

NTTブランドで無料設置の商材でしたから、
飛込み営業でも、9時から17時までしっかり回れば、十分成果が挙がる商材です。
実際に、前会社では7人全員が、月間300回線以上の成果を挙げておりました。
1回線=3000円、貰える契約でしたので、
今までどおり営業すれば、全員が月収100万以上とれる計算です。

前と同じ量の仕事をして、収入が2倍以上になります。
7人全員の頭の中は、「二ヵ月後には月収100万」という夢が広がりました。

Nさん以外の6人は、すごく高いモチベーションで営業開始しました。
Nさんはなぜ営業を回らなかったのか?
それは、上位代理店とのインセンティブ交渉や
その他の会社の雑務を、一手に引き受けていたからです。

「誰かが社長業をしないと会社が成り立たないし、俺は空いた時間で営業回るから」ということで、
Nさんが、自ら進んでやっていることでした。

その言葉に甘えて、残りの6人は、営業だけに集中しました。
出だしの一週間は、全員が毎日20回線以上と、華々しい成果でした。

そして、毎日、最年長のKさんの号令で、ミナミ(大阪の有名繁華街)に繰り出しました。

居酒屋でめしを食ってから、キャバクラに行く。決まってそのパターンでした。
Kさんは、元社会人野球経験者で、見た目も性格も体育会系で、豪快な兄貴分の様な人です。
(後になって、全然違うことがわかりましたが・・・・・)

毎日、支払いは年長者ということで、Kさんのおごりでした。
さすがに毎日おごってもらうのは悪いので、
「今日は僕たちが、おごります」と言っても、
「2ヵ月後には、俺にもみんなにも大金が入ってくるから、それから、おごり返してくれ」
という体育会系のノリで、おごり続けてくれました。
しかし、お金の出所は、サラ金の武富士です。

なぜそれがわかったかというと、
Kさんは酔っ払うと、
「俺のメインバンクは武富士やでー」と言いながら、
当時流行っていた、武富士のCMのダンスを
「レッツゴー!!」という掛け声を上げて踊っていたからです。

Sさんも、「俺のメインバンクも武富士やでー」と言いながら、一緒に踊っていました。
KさんとSさんは、年齢も近く、兄貴と弟分の様な関係で、すごく仲良しでした。

「レッツゴー!!」と言いながら、
2人で一緒に、武富士の無人機に追加融資をお願いしに行く、
そんな姿もよく見ました。

残りの5人は、「もしお金が入ってこなければどうなるのだろう」という不安を感じながらも、
「レッツゴー!!」と言いながら、無邪気に踊るKさんとSさんを見て、笑っていました。
いや、不安を一蹴するには、笑うしかありませんでした。


とにかく、毎日が楽しかったのです。
「二ヵ月後には、全員が月収100万」という、夢があったからです。

しかし、あなたも、そろそろ思われている通り、
現実はそう甘くはないのです。

実際、二ヵ月後に月収100万を実現したのは、私だけでした。

なぜそうなったのか?
営業開始から3週間目、遂に隠れていたヒビが露呈し
問題となって噴出したからです。

最初の問題は、あれだけ人望のあったNさんの豹変でした。
それが、NさんとKさんとの確執につながっていくのです。

それは、共同経営では、よくある問題のようです。
しかし、あまりにも早い時期にそれは、訪れたのでした。

はたして、Nさんはどんな風に豹変したのか?
NさんとKさんとの間には、どんな確執が生じたのか?
7名の運命はいかに?
そして、この状況から、
山本はどうやって社長になったのか?

次号に続く・・・

2007年12月30日

人見知りの私が社長になるまで 第8話

2000年8月、コミュニケーションライン有限会社設立。
創業メンバーは、山本を含め7人。
それぞれが「月収100万」の夢を抱き、営業スタート。
順風満帆に思えた船出であったが、はやくも綻びが生じるのであった。
しかも、それは意外な所から・・・・・・・・・


「アリとキリギリス」のお話はご存知ですよね。
暖かい頃から、せっせと働いて食料を蓄えたアリと、
「なんとかなるさ」で遊び呆けていたキリギリス。
厳しい冬がやってきて、アリは乗り越えるが、キリギリスは寒さで動けなくなる。
餓死寸前のところで、「働いてばっかりで、遊びを知らない奴」とバカにしていた
アリから、食料を恵んでもらいキリギリスは助けられるという、
人生の教訓と人情もありで、なんだか心が暖まるイソップ童話です。

この「アリとキリギリス」は、イソップ童話の世界の話だけではないのです。
リアル版「アリとキリギリス」的な出来事が、コミュニケーションライン創業時に起こったのです。
創業当時は、全員がやる気満々で、朝の9時から夕方5時以降まで、
コツコツと飛び込み営業をし続けました。
私も「念願の月収100万」の為に、
朝9時までに自転車で、営業テリトリーに到着し
17時過ぎまで、昼休み以外は休むことなく
ひたすらに毎日、飛び込み営業をしつづけました。
つまり全員が、その頃は働きアリのように、
コツコツと営業を回り続けたのです。

しかし、2週間もすると脱落者が出てきます。
キリギリスが出現したのです。

しかも、7人いるメンバーの大半がキリギリスになってしまいました。

「インセンティブの条件が、いいのだからボチボチすればいいやん」
「昨日飲み過ぎたから、昼まで寝てもうた」
「来月からは、必死にやるでー」
「山本、こんなに必死に営業やっているけど、稼ぎすぎるんとちゃうか」
「自分の営業だけ頑張るのじゃなく、会社の雑用もしろよ!!」

キリギリスは、声を揃えてこんな事を言っていました。

あきらかに、第4話でお伝えした「自己管理のワナ」に、
大半のメンバーは嵌ってしまったのです。

私以外は、起業経験がなくサラリーマンしか知らないものですから、
「自己管理のワナ」がどれほど恐ろしいものか知りません。

一度、そのワナに嵌ってしまうと、容易には抜け出せません。
「明日からは、がんばろう」と思いながらも、自堕落な生活を続けてしまうのです。
自己管理は、簡単な様で非常に難しいのです。

毎日、朝からキッチリと営業していたのは、私とGさんの二人ぐらいでした。

特にひどかったのはSさんでした。
見た目は、ラーメン大好き小池さんにそっくりの人でした。
Sさんは、毎日、営業もせずに、パチンコに入り浸ってしまったのです。
パチンコ大好き小池さんになってしまったのです。

それを見かねたSさんと仲良しで、
最年長のKさんは、会議をする度に
「Sはどうしようもない奴や。もう辞めさせるけどいいか」と言っていました。
そんな事を言っているKさんも、営業成績が芳しいわけでなく、
焦っている様でした。
つまり、Sさんを辞めさせたいわけでなく、
自分自身への苛立ちをぶつける対象が欲しかっただけです。
その証拠に、毎晩の様にKさんとSさんは飲みに行っていました。

そして、遂に厳しい冬が近づいてきました。


キリギリスは、忍び寄る寒さに気づきはじめたようです。
実際は、まだ10月です。
本当に温度が下がっていて、寒いわけではありません。

懐がどんどん寒くなってきている事に、気づいたのです。
しかし、時は既に遅しです。

今から、営業を頑張っても、収入になるのは2ヵ月後です。
餓死してしまいます。

そこで、キリギリス達は考えました。
「一番働いていた山本アリなら、恵んでくれるだろう」

しかし、リアル版「アリとキリギリス」には、人情味はありません。
イソップ童話とは違い、現実は厳しいのです。

コミッション支払日の前日、
私の携帯にKさんとSさんから、電話がありました。
そして、二人とも同じ事を言ってきたのです。
「山本、おまえ明日のコミッションいっぱいあるやろ。
悪いけど来月返すから、30万貸してくれ!!」
しかし、私には貸す気持ちも、資金的な余裕もありませんでした。
たくさんコミッションがあっても、サラ金の一括返済で消えてしまうからです。
一括返済を夢見て、営業を頑張ってきたのです。
返済し続けても、元金が減らない借金。
それほど、恐ろしいものはありません。
そこからいち早く開放されたかったのです。

ですから、KさんとSさんには、
借金返済を理由に丁重にお断りしました。

Sさんは気の優しい方でしたから、すぐに引き下がりましたが、
Kさんは、違いました。逆切れをして、罵声を浴びせてきたのです。
「山本、あれほどおごってやったのに、その態度はなんや!!。
おまえは仲間を見捨てるのか?自分の事だけ良ければいいんか?」
今でもそのときの罵声が、忘れたくても忘れられないのです。
それほどまでに、耳にこびりついているのです。
しかし、Kさんに何を言われても、お金は貸しませんでした。

そして、待ちに待った初めてのコミッション支払日がやってきました。
前月は、400回線獲得していましたから、120万円が入ってくる予定です。
21歳の頃から、夢見ていた「月収100万円」が遂に叶うのです。
心が躍りました。

コミッションは、なぜか銀行振り込みではなく、現金手渡しでした。
「支払いは現金で」という、Nさんが決めた不思議なルールです。

Nさんを慕って、追いかける形で、前の会社を辞めて合流した
事務員のAさん(当時26歳 女性)から、
コミッションの入った三和銀行の封筒を貰いました。

「キャー!! この封筒は縦に置いても立つわー!!」
Aさんは、無邪気に喜んでいました。

120枚もの壱万円札が、
入った封筒は、確かに分厚いものでした。
Kさんは、うらめしそうに見ていました。

「このまま持っていたら、Kさんに奪われるかも」と、
危険を察知した私は、
すぐに、事務所近くのプロミスの無人機へ走りました。

息を切らせながらも、無事にプロミス無人機に到着しました。
そして、受け取ったコミッション全額120万を、
思い切ってキャッシュディスペンサーに投入しました。
今までとは、逆の流れです。
そこから、お金を受け取ることはあっても、お金を投入するのは初体験です。
人生の流れ自体が、大きく変わる気配をゾクゾクッと感じました。

そして、無人機の画面に「一括返済します」という、文字が大きく浮かび上がってきました。


右手の人差し指を、頭上にかざし、
画面の「一括返済します」目掛けて、力強く振り下ろしました。

振り下ろした右手の人差し指が、画面に着地するまでの一瞬に
過去の記憶が、走馬灯の様に蘇ってきたのです。

「母親から、勝手に貯金をおろされて、残高が62円になったこと」
「ナポレオン・ヒルの本と出会い、はじめて独立起業を志したこと」
「信頼していた社長から、辞める時に、罵声を浴びせられて、震え上がったこと」
「上司から、営業不適合の烙印を押されて、クビ宣告されたこと」
「N社で、全国3位の営業成績をおさめたこと」
「はじめての独立起業に失敗し、初めてサラ金に手を出したこと」
「返済のため、正月も休まずに、初詣の警備で働いたこと」
「期待されて入社した浄水器販売会社で、高校中退の女の子より、
売れなくて、営業成績がビリになり、失望されたこと」

様々な思い出が頭の中を駆け巡りました。

そして、振り下ろした右手の人差し指が、画面に触れました。
「一括返済ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
という画面に変わりました。
「またのご利用は、もうすることはない!!」と、画面に向かって呟きました。

さらに、人差し指が画面に触れた瞬間、
サラ金の残高だけでなく
自分の中の何かが、変化したのに気づいたのです。

そう、当時、西武ライオンズの松坂大輔が、オリックスのイチローとの
初対戦で、3打席連続三振を奪ったときのコメント
「自信が、確信に変わりました。」と同じように、

もともと自信さえなかった私でしたが、自信を飛び越えて確信を得たのです。
「一括返済」のスイッチは、
人生の次なるステージへの扉を開くスイッチだったのです。
まさに、気分は有頂天、積年の夢が叶い恍惚を楽しんでいました。


しかし、その瞬間、
有頂天から一転、奈落の底に突き落とされてしまうのでした。

Nさんからの電話です。
イヤな予感がしました。
なぜかというと、実はNさんが作ったルールを、破ってしまったからです。
私がいない間に、AさんがNさんに話したようです。

いつも穏やかなNさんが、電話の向こうで怒り狂っていました。
チンピラのような口調で
「コラー!!山本、おまえなに勝手なことしたんや。戻ってきたら、ボコボコにしてやるからな
覚悟しとけ!!」
様々な罵詈雑言を、浴びせられました。
しかし、今までに人が豹変してしまうのを、何遍も経験していましたから
冷静に嵐を過ぎ去るのを、待つことが出来ました。
この事を境にして、Nさんの本性が遂に顕となったのです。

なぜ、いつも穏やかで人望の厚いNさんが、怒り狂ったのか?
山本は、どんなルールを破ってしまったのか?

次号に続く

2008年02月04日

人見知りの私が社長になるまで 第9話

苦節6年、念願の月収100万円達成!!
一括返済、サラ金地獄脱出に成功!!
気分は最高の山本、しかし・・・
奈落の底へ突き落とす、Nからの電話。
怒り狂うN。必死に耐える山本。
なぜいつも穏やかなNが、怒り狂ったのか?
山本は、どんなルールを破ってしまったのか・・・・・



信頼・尊敬・憧れ、そんなものは全て脆くも崩れ去りました。
人は、恐ろしいものだとあらためて思い知らされました。
何を信用してもいいのか、わからなくなりました。

それほどまでに、電話口でNさんは、私のことを、汚く罵ったのです。
テレビ電話ではありませんから、顔は見えないはずですが、
心のスクリーンでは、醜く歪んだNさんの顔が浮かびあがりました。

このまま、事務所に戻らず、逃げようと思いました。
しかし、逃げることは出来ません。
まだ、全てのインセンティブを手にした訳では、ないですし、
仮に逃げても、これほどの好条件で、働けるところがないからです。
逆に言うと、悲しい事に、これ位しか戻る理由が見当たりませんでした。

そもそも、何故、Nさんが怒り狂ったのか?
それは、前回の最後にも話しましたが、Nさんが決めたルールを破って
しまったからです。

それは、どんなルールだったのか?
破って当然のルールでした。
他のメンバーも、誰かが破ってほしいと思っていたルールです。


私が、先頭を切って破ったのです。

そのルールとは、「お金を扱うのは、事務員であるAのみ」です。
つまり、全てのインセンティブは、事務員のAさんが現金で払う。
「Aさん以外は、通帳、現金に近づいてはならない」というルールです。
なんの意味があって、決めたルールかは、わかりません。
しかし、Nさんはそこにこだわったのです。

別に問題ない、と思われ方もしれませんが、一つだけ問題がありました。
銀行から、事務所までお金を持ってくることです。

全員分のインセンティブですから、けっこうな大金です。
銀行からおろして、事務所にお金を持ってくるのは、当然、事務員のAさんの役目です。

場所は、大阪です。ひったくり全国ナンバー1の土地柄です。
「もし、事務所に来るまでに、ひったくられたらどうしよう」
私だけでなく、みんなそう思ったようでした。
Aさんは、小柄で細身です、襲われたらひとたまりもありません。
しかも、お世辞にでも、しっかりしているとは言えない女性でした。
「ぽわーん」とした感じの天然です。
もし、ひったくり犯が狙いを付けたとしたら、絶好のカモです。
Aさんの身も危険です。みんな大丈夫かなと心配しました。

もし、万が一でもあれば、2ヶ月間の努力が水の泡です。
目前にまで迫った、月収100万が、消えてしまいます。

そのことをNさんは、察知したのか、前日の帰り際、私に向かって
「山本、明日、Aと一緒に、絶対に銀行に行くなよ」といいました。

しかし、次の日、護衛をする為、Aさんと一緒に銀行へ行きました。
当然、Aさんに口止めをしたのですが、何故かNさんに話したようでした。
もしかしたら、Nさんが、かまをかけたのかもしれませんが、とにかくバレたのです。

Nさんの怒りは、事務所に戻ってからも、まだまだ延々と続きました。

自分自身、悪いことをしたとは思っていません。
むしろ、当然の事をしたと思っていました。
他のメンバーも、みんなそう思っているはずです。

しかし、一方的に怒鳴られている、私を横目で見ながらも
誰も助け舟は、出してくれませんでした。
いつしか、会社は、Nさんのワンマン体制になっていたのです。

とにかく、黙って時が過ぎるのを待ちました。
何を言われても、黙り続けたのです。
それが一番の解決方法だと、知っていたからです。
なぜなら、昔からずっとそうしてきたからです。

怒り狂っているNさんを見ていると、昔の記憶が甦ってきたのです。
Nさんの顔が、ある男の顔とダブって見えてきたのです。

そう。ある男とは、昔の母親の男(彼氏)です。

母は、私がまだ小さいころに、離婚しました。
それからは、夜のスナックで働いて、母一人子一人で育ててくれました。

私が、小学校5年になったころ、母親に男が出来ました。
お店のお客さんです。語弊があるかもしれませんが、場末のスナックの女に
転がり込んでくる男は、ロクな男はいません。
案の定そうでした。

最初は仕事をしていたようですが、
家に転がり込んでくると同時に、働かなくなりました。
つまり、結果的には、母が養っていたのです。
そして、とても横暴な男でした。
少しでも気に食わないことがあると、母に手を上げていました。

身長は、180p以上ある、大男です。
当時の10歳の私では、とても腕力ではかないません。
手を上げられる母親を見ながら、怖くて震えている自分の無力さを呪った事も
度々でした。

そして、その横暴さは、時折、私にも向けられたのです。

男は、機嫌が悪いと、決まって、八つ当たりをしてきたのです。
正確にはわかりませんが、愛情のような物は感じなかったので、
おそらく八つ当たりだったと思います。
しかも、認めたわけでもないのに、父親づらをして、もっともな理由を付けてです。

言うことは決まって「勉強しろ」でした。
それを言われると、すぐにテレビを消して、勉強を始めないといけないのです。
すこしでも、モタモタしていると、次の怒声が飛んできます。
とにかく、やる気が無くても、勉強するフリをしました。

最初のころは、口答えもしました。
しかし、少しでも口答えしようものなら、大変でした。
頭ごなしに押さえつけられるのです。
殴られかけたこともありましたが、母が身を挺して止めてくれました。

「この子は、誰にも手を上げられることなく、今まで育ててきたんや、もし殴ったら殺してやる」

母の気迫に圧倒されたのか、男は私に対しては、手を上げようとは二度としませんでした。
しかし、機嫌の悪いときは、理不尽な理由で、怒りをぶつけられる事は、度々です。
例えば、トイレの鍵を閉めただけで、怒られた事もありました。
「おまえは、オレを信用していないのか」と・・・・・・・。
でも、口答えはしませんでした。
自分さえ、黙って我慢すれば、男の機嫌もやがては直り、母親が殴られることもないからです。
その当時、心に強く誓ったことがありました。
絶対に、こんなしょうもない男にはならないと・・・・・・・。

今回の出来事が、そのときの記憶と、ピッタリと重なったのです。
だから、何を言われても我慢できました。
しかし、口には出さないものの、決心しました。
「インセンティブさえ全て貰ったら、こんな会社辞めてやる」と・・・・・。

しかし、予想外の展開です。
2ヵ月後、Nさんが会社を去ることになりました。
自ら去っていったのです。
Nさんも、私と同様、心の奥に深い闇を抱えているのでした。
おそらく、その心の闇に突き動かされて、激しい怒りが出てきているのです。
そして、それが原因で、自ら去っていくのでした。

Nさんが、何故、自ら去っていたのか?
リーダーを失った、コミュニケーションラインは、どうなってしまうのか?

次回に続く

2008年03月13日

人見知りの私が社長になるまで 第10話

なんでもみんなで話し合って決める!!
これが、全員で決めた最初のルール
しかし、いつしか会社は、Nのワンマン体制に
どんな理不尽も、必死に耐え忍ぶ山本
山本の堪忍袋は、いつまで持ち堪えれるのか・・・・



あなたは、歴史上の人物で独裁者と言えば誰を思い浮かべますか?
ソ連のスターリン、中国の毛沢東、イラクのフセイン、などなど
いろいろな人物が思い浮かぶと思いますが、
しかし、独裁者の代名詞といえば、
なんといっても、ドイツのアドルフ・ヒットラーではないでしょうか?
「独裁者」という映画の中で、チャップリンが演じたのもヒットラーでした。

ヒットラーは、言うまでもございませんが、
第二次世界大戦で世界を戦渦に巻き込み、ユダヤ人を殺戮し尽そうとした
狂気の独裁者です。

しかし、最初から狂気の独裁者だったわけでは、ありませんでした。
いつのまにか、狂気に走っていったのです。

ヒットラーは、もともとは民主的選挙によって選出された、いち政治家でした。
政治家としての彼はすごく有能でした。
世界恐慌の真っ只中、失業率が30%を超え、600万人の失業者を
抱えて、破産寸前だったドイツ経済を、ヒットラーは復興させました。

斬新な政策を次々と打ちたては、成功させ、数年も経たないうちに
ドイツ総生産力は世界経済の10%を超え、アメリカに次ぐ世界第二位の
経済大国に生まれ変わらせたのです。

ヒットラーは、徐々に国民の信頼を得て、
ついには民主的選挙によって、「独裁者」としての地位を与えられたのです。

なんでヒットラーの話をしたのか?

ワンマン経営者(リーダー)と独裁者のたどる道は、とても似通っているからで、
Nさんを語るにはちょうどよかったからです。

Nさんも、すごく有能な人でした。
だから、みんながリーダーとして、認めたのです。

Nさんが最も得意なのは、交渉でした。
タフネゴシエーターN、とみんなが呼んでいました。

得意の交渉で、上位代理店から次々と好条件を引き出して来るのです。
インセンティブ額のアップ、支払い時期の繰上げ、
好条件を勝ち取ってくるたびに、Nさんは全員を前にして
「おまえら、喜べー」と自慢げに話しするのでした。

そう、まるでテストで100点を取った小学生が、
お母さんに褒められたい一心で、
学校から帰ってきて、真っ先に見せびらかすような無邪気さです。

「Nさん、助かったわー」「すごいなー」「ありがとう」
みんなにそう言われて、Nさんは非常に満足気でした。

Nさんの交渉のやり方は、基本的にいつも一緒でした。
それは、チキンレースです。
北朝鮮の金正日と同じです。

つまり、「この条件を出さなければ、辞める、よそと契約する」
こんなスタンスで交渉を進めるのです。
はっきり言ってハッタリなのですが、非常にやり方がうまいので、
最終的には、相手が折れてしまい、好条件を勝ち得るのでした。

Nさんの交渉現場、私は同行することが多かったので、
横目でみながら「エグいなー」「そこまでするか」「自分ならそこまで出来ない」
と感じていました。

そんな、タフネゴシエーターNと私が、
数ヵ月後、真正面から対決することになろうとは、
今の段階では思ってもいませんでしたが・・・・・・

営業以外は、Nさんがすべて引き受けるという、役割分担が自然にできました。
Nさんに任せれば大丈夫という、安心もあったのです。

しかし、問題はここからです。
ヒットラーが、狂気の独裁者になったように、
前号でも話しましたが、
徐々にNさんが、横暴なリーダーになっていったのでした。

Nさんは、経費をドンドン使い始めました。
「新型のパソコン買っていいか?」
「日経新聞取っていいか?」
「ビジネスフォン入れていいか?」
「コピー機入れていいか?」
ものすごい勢いで、経費を使っていくのでした。
一応、買う前に相談があるものの、
「もう少し、資金に余裕ができてから」
と言っても、止まりません。
Nさんは、一度欲しいと思ったら、
手に入らないと気がすまない性格でした。
「これは、自分の為に買うわけでない。会社として必要なのだ!!」
高らかに大義名分を掲げて、押し通します。

経費は、ルールで決めたとおり、全員で頭割りです。
Nさんが使えば使うほど、一人当たりの負担額が増えます。
あと問題は、Nさんは営業を回っていないので、そもそも収入が発生しません。
だから、Nさんの負担額を誰かが被らないといけないのです。
インセンティブが、一番多いのは私でしたから、結果的に負担することに
なってしまいました。

次は、Nさんは何を欲しがるのか?
みんな戦々恐々としていました。

そして、ある日、最悪の事態が発生したのです。

一日の営業が終わって、事務所に戻ると
Nさんが何気に、私に向かって、
「新しい事務所を見に行くぞ」と言ったのです。

信じられませんでした。
なぜなら、つい最近、事務所を移転したところです。

Nさんは、今の事務所が気に入ってなかったのです。
汚い雑居ビルで、部屋の形も、何故か三角形。
お世辞にでも、快適とは言えません。

しかし、お金のない我々にとっては、身分相応のはずです。
Nさんは、前々から冗談めかして
「すぐ引越しするでー」とは、言っていましたが、
本当に行動に移したのでした。

事務所を移転すると、また経費がドッと増えます。
しかも、Nさんの分を負担しないといけないのは、私です。

今度ばかりは、猛反対しました。
しかし、「山本、心配するな。とりあえず見るだけやから」と、
なだめられ、結局、一緒に見に行くことになりました。

Nさんは、一件一件真剣に物件を見ていました。
そして、Nさんの眼鏡にかなう物件が見つかってしまいました。
エレベーターに続く、エントランスがレンガ造りで、おしゃれなビルでした。
当然、それなりの家賃で、現段階の我々にとっては、高嶺の花です。
「山本、あのビルいいと思わへんか」
一貫の終わりです。
欲しいと思い出すと止まりません。


「見栄えの悪いビルだと、来客も呼べない」
「狭いから、営業マンも増やせない」
「このままだと、会社の発展は望めない」
「今こそ、手を打つときだ」

Nさんは、またもっともな大義名分を掲げて、みんなを説得しようとしました。
しかし、今度はNさんの思い通りには行きませんでした。
なぜなら、最年長のKさんが、猛然と反対したからです。
みんな心の中で、Kさんを応援しました。
Kさんにだけは、年上ということもあり、しぶしぶですが、Nさんは従いました。

しかし、これをきっかけにして、KさんとNさんの主導権争いが始まったのです。
KさんはNさんの言うことを、すべて反対しました。
反対することによって、Nさんに反感を持っているメンバーを
味方につけようという、Kさんの計算です。

KさんとNさんは、たびたび衝突を繰り返すようになってしまいました。
会社の雰囲気は最悪。
いつ空中分解してもおかしくない状態でした。

しかし、それで黙っているNさんではありません。
ついに強硬手段に出たのです。

メンバー1人を、秘密裏に説得して、
お金を出させて、
例のレンガ造りの事務所を契約してしまったのです。

そして、Nさんは全員を前にして、こう言い放ちました。
「事務所を移転する。ついて来たい人だけ、来ればいい」

そんなことを言われても、Nさんについて行くしかないのです。
なぜなら、会社の代表であり、実印も通帳も押さえているのは
Nさんだからです。
そこまで計算しての、行動です。

というわけで全員、新事務所に移転することになりました。

移転後も、Nさんの行動は変わりません。
基本的には、一日中事務所にいます。
営業には、一切出ませんでした。

しかし、当初決めたルール
「自分が取った営業は、全て自分の取り分」
ここは変わりません。
ですから、逆に言うと、営業をしない限り
収入が発生しないのです。
だから、Nさんは収入がないのです。

みんな心配すると同時に、
「突如、ルールを変更するのではないか」
「通帳から、お金を勝手に引き出すのではないか」
「ある日、突然、全てを持って、逃げるのではないか」
いろいろな不安がよぎりました。

とりあえず通帳を確認しようにも、Nさんが肌身離さず
持っています。
通帳、実印、契約書、インセンティブ条件
全ては、Nさんのカバンの中にありました。

用心深いNさんは、トイレに行くときも
カバンを手放しませんでした。
全ての情報が、Nさんに独占されていたのです。

そんなある日、Nさんが珍しく早く帰りました。
事務所は、私と事務員のAさん、二人だけとなりました。

事務員のAさんは、Nさんの事を慕って、前の会社から
追いかけて来た人です。
しかし、Nさんの変貌ぶりを目の当たりにして、
気持ちは変わっているようでした。

Aさんは、私に向かって、言い難そうに、
「実は、山本さんにNさんの事で、相談したいことがあるのです。」
と言ったのです。

とりあえず、ここでは戻ってくるかもしれないので、
近くの喫茶店で話することになりました。

そして、Aさんの口から出た言葉を聞くと、
「やっぱり、そうかー」と思える内容でした。
そうです。
不安が的中したのです。

どんな不安が的中したのか・・・
Nさんは、一体何をしていたのか・・・・・
次号では、遂に山本とNが対決・・・・・・
勝利の女神は、
果たして、どちらに微笑むのか・・・・・
次号に続く
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