自称「日本一、人見知りする社長」です。資金なし、人脈なし、人望なし、自信なし、ゼロからの独立起業から9年経過。現在は年商10億円にまで成長しました。その過程では、詐欺、横領、裏切り、謀反、男女問題、人間不信、様々な問題が勃発。どんな本にも書かれていない、生々しい真実を赤裸々に書き綴りました。本当の学びは、真実から得られます。起業の裏側、経営の光と闇をのぞき見したい方は続きをどうぞ・・・・
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2008年06月13日

人見知りの私が社長になるまで 第11話

恐れていたみんなの不安が的中することに
一体、Nは何をしでかしたのか?
そして、遂に山本とNが対決目前・・・・
山本は、対決に勝利する為、用意した武器とは・・・・



こんにちは、山本です。お久しぶりです!!
ブログ更新は、しばらくお休みしてしまいました。
ごめんなさい。

お休みした理由ですが、めんどくさくなって書かなかったわけではありません。
「書くのが怖い」からです。

なぜ、怖いのか?・・・・

実は、創業当時のメンバーですが、現在も何名か、つながりがあるのです。
このブログに、目を通すのです。
もしかしたら、その人にとって、気分を害す内容になるかもしれないからです。

それと、このブログ自体、私の過去の記憶を辿って書いています。
もう8年前のことです。記憶も薄れています。
ですから、記憶自体が、「自分を美化した記憶に変質している」可能性もあるのです。

このブログのコンセプトは、「生々しい真実から、学びを受け取って貰うこと」です。
自分の美化した記憶を、もし書いていたら、当初のコンセプトから外れてしまいます。
自分にとって、都合のいいように書いているかもしれないことが、怖くなってきたのです。

「なんやー、自分だけいいカッコしてー」と、中傷されることが、怖くなってきたのです。



しかし、やっぱり勇気を持って、書き続けることを決意しました。
なぜなら、「何者の解釈も入っていない過去を語る」ことは、不可能だからです。

「歴史は捏造される」・・・・・・ある高名な歴史小説家の言葉です。

日本史一つをとっても、教科書によって、その解釈はバラバラです。
右寄りの解釈、中国寄りの解釈、韓国寄りの解釈、さまざまです。

ですから、自分にとって、真実だと思うことを、書いていきます。
あくまで、「本当にそうなのか?」と、自分を疑いながらです。

あとは、あなたの判断に委ねたいと思います。
それでは、3ヶ月ぶりに本編を再開します。

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前号からの続き・・・・・・

仕事終わり、Aさんと喫茶店で30分ほど話しました。
誘ったのは、Aさんです。
僕に何か伝えたいことがあるからです。

Aさんの伝えたかった事とは?
それは、最悪の予想が的中した内容です。

つまり、Nさんが横領しているかもしれない・・・
いや、間違いなくしている、ということです。

なぜ発覚したのか?
金庫のお金が使いもしないのに、減っているからです。
ある日は、100円。
そのまたあくる日は、数千円と、だんだん減る額が大きくなっているようです。



金庫の鍵は、Aさん、Nさん、Kさん、しか持っていません。
Aさんを除くと、犯人は、NさんかKさんのどちらかです。

Aさんは、なぜNさんと断定できたのか?
それは、女の直感というか、状況証拠です。

ある日、Aさんは金庫のお金を数えていました。
100円何枚、1000円札何枚と、金種別のシートを記入しながらです。
実は、それまで、すごく経理がズサンだったのです。

金庫には、お金を入れっぱなし、出しっぱなしで、誰もチェックしていませんでした。
そういった経理に関する業務は、Aさんが担当だったのですが、
忙しくてそこまで、手が回っていませんでした。

そして、お金を数えているAさんを、ある日、Nさんが目撃しました。
すると、「おまえ、いつからそんなことしているんや?」と動揺しながら、
Aさんに尋ねたのです。

そのことから、Aさんは、Nさんが犯人と確信したのです。
しかも、Kさんは長期出張中です。
どう考えても、Nさんが、犯人であることは間違いありません。

しかし、起きてしまったことはどうしようもありません。
大事なことは、この横領事件を、どう利用するかです。
結果的には、Nさんの弱みを握ったのですから、
僕にとっては、ついに訪れた復讐のチャンスです。
口汚く罵られた恨みを晴らすことが出来るのです。

Nさんが横領しているということを、全員の前で明白にすることによって、
リーダーの座を追い落とす。さらに言うと、自ら出て行かせる。
そんなシナリオが、瞬時に思い浮かびました。

早速、Gさんと相談しました。
Gさんも、僕のアイデアに賛同しました。
なぜなら、Gさんも僕と同じで、Nさんから、罵られた事があるからです。


あとは、いつ決行するかです。
ちょうど、翌日が月に一度の、7人全員が集まる会議でした。

僕が口火を切る役目で、GさんとAさんもその後に追随する計画です。

そして、翌日の19時、予定通り会議スタート、
つまり、Nさんとの対決の火蓋が切って落とされたのです。

しかし、予想外の事が起きてしまいました。

Nさんから、奇襲攻撃があったのです。

しかも、神風特攻隊のような、自爆覚悟のやけくそでした。


自爆覚悟の攻撃とは・・・・・・・
Nの自爆に、山本も巻き込まれてしまうのか・・・・・・・
コミュニケーションラインは、どこに向かうのか・・・・・

次号に続く

posted by やまもと あつひさ at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 人見知りの私が社長になるまで 第11話〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月16日

人見知りの私が社長になるまで 第12話

遂に恨みを晴らすチャンスが訪れる
Nに正義の鉄槌を振り下ろす・・・・
しかし、Nからの思わぬ先制攻撃が・・・
勝負の行方は・・・
勝利の女神はどちらに微笑んだのか?



本編に入る前に、少しだけ昔話をさせてください。
僕は小さい頃から、どちらかと言うと、今でもそうかもしれませんが
本当に目立たない存在でした。

どれぐらい目立たなかったのか?
クラスの中に必ず一人はいたような、休んでいても
隣の席の人以外は気づかない、そんな存在でした。
学級委員を選ぶ選挙でも、一票でも入るとクラス全体が、
「誰が入れたんや!」「どうせ自分で入れたのやろー」と、物議を醸しました。

そんな僕でも、唯一目立つ瞬間がありました。
それは、給食です。

今でこそ何でも食べられますが、子供の頃は、かなりの偏食でした。
嫌いなものが出ると、昼休憩を過ぎても食べきれません。
5時間目の授業中に入っても給食を食べさせられる事が、
週一回以上あり、クラスメイトは「またー」っと白い目で見ていました。

昔話はそれぐらいにして、話を本題に戻しますが、
そんな、少年時代からズーっと目立たなかった自分が、
給食以外は、目立たなかった自分が、
けっして、人に頼りにされる事がなかった自分が、
27歳にして、はじめて頼りにされたのです。

「山本さんに、会社をなんとかしてほしい」
「Nさんの独裁体制を打ち破ってほしい」
「それは山本さんしか、出来ないこと」

喫茶店で言われた、Aさんの言葉です。

実は、それまでは、事なかれ主義で行こうと決めていました。
Nさんの理不尽で横暴な言動や行動に、憤りもありましたが、
とりあえず我慢して、インセンティブを全て貰ったら、
タイミングの良い所で、会社を辞めようと思っていました。

小さい頃から、我慢は慣れっこです。
我慢は、一番の得意技です。
我慢することで、今まで全てを解決してきたからです。(解決したと思い込んでいました)

しかし、Aさんの言葉を聞いて、ある事が頭に浮かんできました。
その、ある事とは?

「人生の流れを変えるスイッチ」
「新たなる人生のステージへの扉を開くスイッチ」
を押した事です。

大袈裟に表現しましたが、
プロミスの一括返済のボタンを押したことです。
押した瞬間に、背中にゾクゾクッと感じた、
人生の流れが変わる予感が現実になったのです。

ここで今までと違う決断を下さない限り、
せっかく開きかけた、「新たなる人生のステージへの扉」が閉まってしまう事も同時に感じました。

なので、今までにない決断を下さないといけないと思い、
得意の我慢を捨てて、Nさんと戦うことを決断しました。
「未知なる世界への冒険の旅」に出る覚悟を決めたのです。

戦うと決めた限りは、当然、勝利しないといけません。
勝利するには、武器と共に戦う仲間が必要です。

武器は、前号で話しました「Nさんの横領の事実」です。
それを、会議の場、メンバー全員の前で、白昼の元にさらすことで、
自ら出て行かせるという戦法です。
仲間は、これも前号で話しましたが、AさんとGさんです。

そして、天下分け目の関が原、定刻19時に会議がスタート。

会議開始と同時に、僕とGさんとAさんは、互いにアイコンタクトを交わし戦う意思の最終確認をしました。

議題が尽きる頃を見計らって、戦いの口火を切る予定です。
そして、会議開始から2時間経過、もうすぐ議題も尽きる頃です。

「そろそろだな」と感じ取ったのか、GさんとAさんの顔が
険しくなってきました。
僕も、最初の第一声をどう言おうかと考えていました。

そして、議題も尽き、しばしの静寂が流れました。
Gさんが「今だ!」という合図のアイコンタクト。
Aさんにも目を向けると「頑張って」と言わんばかりの目をしていました。
これ以上のタイミングはありません。
意を決して、「僕から話があります」と、言おうとした瞬間、
予想外の出来事が起きてしまいました。

それは、Nさんからの予期していなかった発言です。

「誰かはわからんけど、金庫からお金を盗んでいる奴がいる」
「確たる証拠はないから、犯人探しはしたくない、仲間を疑いたくない」
「これを機に、お金の管理をしっかりしよう」

Nさんは、疑われていることを察知していたのです。

こう言われてしまうと、どうしようもありません。
へたにNさんを追及しても、逆にこちらが疑われてしまいます。
結局、用意した武器も使うことも出来ず、会議は終了。
こうして最初の戦いは、勝敗つかずの引き分けとなりました。

しかし、まもなくして戦いの第二ラウンドは、早くもやってきました。
またしても、Nさんからの先制攻撃で始まりました。
しかも、人質を確保した状況で、Nさんが圧倒的有利な戦いです。

Nが確保した人質とは・・・・
第二ラウンドの戦いの行方は・・・・・
圧倒的不利な状況に対して、
山本が取った行動とは・・・・・・・

次号に続く

posted by やまもと あつひさ at 08:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 人見知りの私が社長になるまで 第11話〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月04日

人見知りの私が社長になるまで 第13話

戦いの第一ラウンドはNからの予想外の
先制攻撃により引き分けに終わり、
戦いは第二ラウンドへ
しかし、またもNの意外な行動で、
予想しえない展開に巻き込まれる
果たしてNの真の狙いは何なのか・・・



唐突ですが、あなたは予言を信じますか?
私は、25才まで予言を信じていました。

「1999年7の月、恐怖の大王が降ってきて
 人類は滅亡する」
というノストラダムスの大予言をずっと信じていました。

「どうせ25才で、恐怖の大王に殺されるのだから、
 思い切った生き方をしよう」と思い、
21才でサラリーマンを辞め、独立起業をすべく
様々なチャレンジをしました。

恐怖の大王が降ってくれば、チャラになるのだからと思い、
借金も重ねました。

しかし、不幸な事に、失礼、人類としては幸運な事に、
恐怖の大王は降って来ませんでした。
人類は大丈夫でした。
ノストラダムスの予言は、大はずれに終わりました。
これをきっかけに、予言の類は疑うようになりました。

しかし、かなりの高確率であたる予言もあります。
的中する様は、いままで沢山見てきました。

どんな予言が当たるのか?

それは、ネガティブな思い込みによる自分への予言です。
「どうせ自分は○○だから、○○になるだろう」という思い込みです。

例えば、「自分は魅力がないから、一生モテないだろう」という
思い込みがあったとします。

その思い込みが、行動に影響します。例えば服を買い行ったとします。
そこで店員から、少し派手な服を薦められたとします。

「これ○○さまにきっとお似合いですから、試着しませんか?」と、
しかし、魅力がないという思い込みが邪魔をします。

「自分は魅力がないから、こんな派手な服は似合うはずがない」ということで、
結局は、いつもの地味な服を選び、鏡に映った姿を見て、
「やっぱり地味な服装が自分にはピッタリ」と納得します。

そして、魅力が出ないように自ら行動しているので、
結果、本当にモテない人生を歩みます。
わかりやすくする為、極端な表現をしましたが、

つまり、予言が自ら当たるように行動しているのです。
ある意味、自作自演です。

あなたの今までの人生経験から思い当たる節はありませんか?
あなたには、どんな思い込みがありますか?

人には、それぞれ様々な思い込みがあります。
思い込みが人生を創ります。


Nさんにも、強烈な思い込みがありました。
それは「やがて自分から人が去っていく」という思い込みです。
悲しい思い込みです。

Nさんは飲みに行って酔っ払うと、幼少のころの話をよくしました。
Nさんは幼いころ、両親が離婚し、母一人子一人だったようです。
たった一人の両親。お母さんも、まだ物心がついて間もないNさんを
おばあちゃんに預けて、新しく出来た男と連絡先も告げずどっかに行ってしまったようです。
去り際も「ママ~!ママ~!行かないで~!」と泣き叫ぶNさんを尻目に、たったの一度も振り返りもせず、足早に夕陽の向こうに消えていった、
とNさんは夕陽のように目を真っ赤にして話しました。

この幼少の悲しい体験が、「やがては自分から人が去っていく」
「愛する人はやがて去っていく」という思い込みを作ったようです。


その思い込みの良い作用としては、Nさんは持ち前の巧みな交渉術で、取引先から良い条件を勝ち取り、皆を喜ばせます。

しかし、悪い作用としては、自分から離れていかないよう、いろんなルール
や縛りを作ります。これが嫌で逆に人が離れていくのですが、本人は気づいていません。

そのNさんの思い込みが、誰もが予想していない行動を取らせました。
ある日突然、Nさんが全員に向け言いました。


「自分の夢は、NTTの一次代理店になること。一次代理店になれるチャンスが
 あったので、この会社から去る」

本当に予想外の行動でした。Nさんには、もの凄く見栄えに拘るという
一面もありました。

Nさんは、常々「NTTの一次代理店になりたい」と言っていました。
理由を尋ねると「ステータスがあるから」それだけです。

おそらくは深層心理で、ステータスを高めることで、お母さんが戻ってきてくれる
お母さんが振り向いてくれる、という思いがあったのかもしれません。


NTTの一次代理店の会社があって、Nさんはずっと前から、その会社と交渉し、
一時代理店の権利を譲渡して貰えることが決まったようです。

Nさんが自ら去ることと、思い込みがどう関係あるのか?ですが、
これも推測ですが、
「どうせ、やがて自分から人は去っていくのだから、そんな辛い思いをするぐらいなら
 先に自分から去ってやる」という心情だと思います。

出て行って欲しかった人間が、自ら出て行くというのですから、
願ったり叶ったりです。

Nさんを気にして、口には出さないものの、
間違いなく全員が内心は喜んでいました。

Nさんは、2週間後に出て行くことになりました。
Nさんが事務所に居ない時を見計らって、Nさんがいなくなった後の
会社体制を全員で話し合いました。

今までいろんな意味で、Nさんを恐れていましたし、押さえつけられて
いましたから、それがなくなったことで、こうしよう!ああしよう!と
話し合いは盛りあがりました。

そして、あと三日でNさんがいなくなるというところで、
事件が起きてしまいました。

ある日、全員でまた会議をしていました。
タイミングが悪く、会議中にNさんは事務所に戻ってきたのです。
Nさんは後片付けをしていました。

Nさんは「気にしなくていいから会議続けたらいいよ」と言ってくれました。

とは言うものの、全員はNさんを気にして、恐る恐る話し合いをしました。

しかし、時間が経つにつれ、Nさんの存在を忘れてしまい、会議が盛り上がり、
皆で笑い声をあげてしまいました。

すると、Nさんが、突然激怒しました。
手に持っていた書類の束を、床に激しく叩きつけ言いました。

「お前ら、俺の気持ちがわからんのか!!だったら、わからせてやるから
 覚えておけ!!」と一方的に言い放ち、事務所を飛び出しました。

最悪の事態発生です。果たしてNさんが、どんな報復に出るのか?
全員戦々恐々です。

そして、次の日、Nさんから私の携帯に電話がありました。
Nさんは恐喝にならないよう慎重に言葉を選びながら言いました。

「あなた達は、私の気持ちを全く理解していないことがわかりました。
 それならば、今までの私の働きを金銭で評価して、退職金として今月末までに
 振り込んでください。その金額が過小評価であれば自分で評価した正当な金額を
 会社の口座から自分で振込みます。全員で話し合って正当な金額を決めて連絡下さい。
 現在も当然私が代表ですから、会社の実印と通帳は預かります」

Nさんは淡々とした事務的な口調でしたが、心の中では、吹き上がるマグマのような
怒りと憤りがあることを、言葉の節々で感じ取ることは容易でした。

本当に最悪な状態です。
今までの稼ぎが、Nさんに全て奪われるというピンチです。
もちろん会社も潰れます。

こうして第二ラウンドの戦いの火蓋が切られたのでした。


Nの要求に対し、具体的にどれだけの金額を提示したのか・・・
Nはそれで納得したのか・・・
Nから、どうやって会社の実印と通帳を奪還したのか・・・
次回に続く

posted by やまもと あつひさ at 16:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 人見知りの私が社長になるまで 第11話〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月31日

人見知りの私が社長になるまで第14話

「知性のない財産は負債と同じであり、
     知性のある借金は財産に等しい」

あなたには借金ありますか?
私も、20代中盤は借金との戦いでした。
今でも多額の住宅ローンとは戦っておりますが・・・。

最初に挙げた言葉は、私の好きな言葉です。
この言葉を理解すれば、借金のプレッシャーに
打ち勝つことが可能です。
知りたいですか?知りたくなくても解説します。

知性のない財産とは、本人の実力や器以上の財産が、何らかのラッキーで
「タナからボタモチ」で手に入ることです。
例えば、万馬券を当てるとか、宝くじで3億円あたるとか、
親からの莫大な遺産相続などです。
おそらく聞かれたことあると思いますが、宝くじで一億円以上当てた人の半数以上が、
数年後には破産しているようです。
大王製紙の御曹司社長も、会社の金をギャンブルで百億円以上注ぎこんで、
甚大な損害を出した事も記憶に新しいと思います。
元ボクシングのヘビー級チャンピオンのマイク・タイソンも、
現役時代一試合数十億円のファイトマネーを貰いながらも、数年前に自己破産しました。

このような話は、挙げるときりがないほど世の中には転がっています。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

それは自分の器以上の財産は、負債に変わるからです。
つまり、自分の実力や器を超えた財産はコントロールできなくなるのです。
財産があれば、その財産を狙って様々な人間が近寄ってきます。
人を見る目を養っていなければ、うかつにも誘惑に乗ってしまい罠に落ちるのです。
結果、財産を失うだけでなく全てを失い多額の借金を抱え破産に至ります。

私は多額の財産を持ったこともないので、正確にはわかりませんが、
おそらく大筋ではそんなに外れてはいないと思います。
だとすると、知性のない財産が負債であるならば、その逆もしかりで、
知性のある借金は財産です。
あなたの抱えている借金は、場合によっては財産なのです。
ただし、知性のない借金は、あくまで借金ですからご注意ください。

知性の有る無しをどう判断するかですが、これも私の考えですが、
自己への投資の借金は知性のある借金で、パチンコやギャンブルなど快楽を求め重ねた
借金は知性のない借金だと思います。

つまり、セミナーに出るために借金とか、事業に投資するための借金とか、
本当に大事な人を救うために借金するとかは、当然内容にもよりますが
その借金以上の財産に変わる可能性が高いと思います。

ロックスターの矢沢栄吉も、20年前くらい、マネージャーに横領され、
30億円の借金を作りました。
「騙された自分が悪い」と腹をくくり、誰にも愚痴や文句を言わなかったそうです。
ある日、横領した元マネージャーと道端でばったり会ったときも、ブン殴りたくなる
気持ちを抑え、「俺の目の前には二度と姿を現すな」と言っただけです。

そして、そこから数多くの名曲を世に送り出し、わずか数年で借金を完済し、
見事に這い上がり、今なおトップに君臨しています。
30億円横領された経験の結果、人の持つ性、人の苦しみ悲しみを深いところで理解できるようになったからこそ、人の心を打つ歌を作れ、かつ歌うことがるのだと思います。
つまり30億円の負債は、じつは30億円の数倍以上の財産だったのです。

冒頭に挙げた言葉を知ったのは私が25歳の時でした。
あるアメリカ発の自己啓発プログラムの営業マンが営業トークで放った言葉です。

その自己啓発プログラムは、かなりの高額で120万円しました。
当然現金一括は無理で、ローン返済になります。
自己啓発プログラムを買うかどうか迷っていました。

迷う理由は、120万円と高額であることと、当時勤めていた会社を辞めるため、
辞表を出した直後で先行き不安だったからです。

貯金も40万円程度しかなく、次の就職先も決まっていませんでした。
そんな状況で、120万円の自己啓発プログラムでローンを組むなんて、
常識ではありえないと思います。営業マンに状況を伝え、今は無理だといいました。

そのタイミングで自己啓発の営業マンは、冒頭挙げた言葉、
「知性のない財産は負債。知性のある借金は財産」の話をしたのです。
結果、ローン用紙に記入とハンコを押し、120万の借金を背負いました。
今思うと若気の至りで、その営業マンの殺し文句に乗ってしまっただけですが・・・。

120万円は、当時の人生最大の買い物でした。
それまでにした一番大きな買い物は、50万円の中古車のトヨタ・スターレットGTです。
スターレットGT2.5台分の買い物です。
元を取らねばと思い、その自己啓発プログラムのカセットテープを
車ではカーステレオで聞き、それ以外はウォークマンで四六時中聞き続けました。
友達とのドライブでも、構わずその自己啓発プログラムを聞いたため
「山本は宗教に嵌まっている」ということで友人数人が去っていきました。

そして時が流れ2年後、120万の借金が、数倍以上の財産に変わりました。
その瞬間の出来事をお話したいと思います。

前回の続き、Nさんが会社の実印と通帳を人質に取った所で終わったと思います。
その人質に取られた会社の実印と通帳を奪還する際、120万円の借金経験というか
自己啓発プログラムで学んだことが役立ったのです。

果たして会社の実印と通帳の奪還は成功したのか?
言うまでもないと思いますが、もちろん成功しました。
なぜなら、もし失敗していたら、会社が潰れていたので、
この記事自体、書く機会はなかったですし、
こうして、あなたと出会う事は、おそらくなかったでしょう。

果たしてどういう手段で実印と通帳を奪還したのか・・・・
Nは、なぜ多額の退職金要求を取り下げたのか・・・・・
山本の120万の借金が財産に変わった瞬間とは・・・・

次回に続く
posted by やまもと あつひさ at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 人見知りの私が社長になるまで 第11話〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月31日

人見知りの私が社長になるまで第15話

Nは会社の通帳と実印を人質に取った上での
多額の退職金要求
今までの儲けを全て奪い取られる最大のピンチ
山本は、どんな手段で通帳と実印を奪還したのか
120万の負債が、資産に変わった瞬間とは・・・
果たして・・・


Nさんの交渉のやり方をいつも側で見ていました。
Nさんは、良く言えば交渉上手ですが、率直に表現すると、
エグい交渉をする人間であり、手段を選ばない人間です。

今までは、そのエグい交渉のお陰で、良い条件で仕事が出来ていました。
ある意味、コミュニケーションラインの最大の武器だったのですが、
それが180度反転し、強暴な凶器となって襲い掛かったのです。

Nさんは、独立する前までは、毎月700回線以上を
コンスタントに取るトップ営業でした。
コミュニケーションラインを立ち上げてからは、
一度も営業に出たことはなく、Nさん曰く、社長業に専念していました。
傍目で見る限りNさんの社長業は、毎日昼過ぎに寝ぼけた顔で事務所に来て、
基本はパソコンを見てるだけ、たまに気が向いたときに
上位代理店や工事会社に交渉しに行くだけでした。

あっ、もう一つNさんの社長業を忘れていました。
Nさんを慕って前の会社から合流した、
S事務員によくセクハラしていました。
お尻を触られたSさんの「キャーッ!」という悲鳴が
事務所を越えて廊下まで響き渡ることは日常茶飯事でした。
Nさんを慕って追いかけてきたSさんだから、
内心は喜んでるのだろうと思い、誰もNさんにセクハラの注意はしなかったので、
どんどんエスカレートしていたようです。なぜそれがわかるか?
悲鳴の声が日に日に大きくなっていたからです。


あと、経費を使って、コピー機を買ったり、日経新聞を取ったり、
事務所の移転を勝手に決めたり、Nさんの社長業はこんなもんだったと思います。
社長業に専念と思っているのはNさんだけで
私を含め残りのメンバーは、ただサボっているだけと思っていました。
自分たちが汗水たらして稼いだ営業の売上げを、一円たりともNさんに
払う気はサラサラありませんでした。

しかし、Nさんの事ですから、20万円や30万円で引き下がるわけはありません。

Nさんは口癖のように「おれが本気で営業回ったら、おまえらの3倍は取れる。営業に専念して稼げるおまえらがうらやましいわ~」と恨めしそうによく言いました。
よってNさんの要求金額は口に出さなくても、
もし自分が営業に回っていたら1000万以上稼いでいたと換算して、
その前後の金額であることは予想できました。

当然ですが、Nさんは営業を回っていないので、その売上は会社に入っていません。
通帳残高に1000万はあったと思いますが、それはNさん以外が営業で稼いだ分で
創業時に決めたルール「営業マンが稼いだ分は、経費を引いた残りは営業マンに分配」
に従えば、給与日が来ればほぼ残高0円になります。

当時、トップセールスは私でした。もしNさんが1000万を退職金として
持ち去ったら、一番の被害者は私です。
ある程度一括返済したのでプロミスの借入残高は
大分減ってはいましたが、それでもまだサラ金生活継続中の身でした。

あと一回、給与日が来れば大金が入るので、プロミスに留めの一括返済をしてやり、
ワイルドにプロミスのゴールドカードをへし折って、
永遠の別れを告げる予定でした。

しかし、このままでは、せっかく開き始めた「新たなる人生の扉」も
またガチャンと音を立てて閉まり、元金が一向に減らない、
返済がほとんど利息に取られてしまうという
恐ろしい無限サラ金地獄に逆戻りです。
地獄の釜口がゆっくり開き始めたのです。

それは私だけでなく、KさんやSさんも同じ状況です。
KさんとSさんは、月末に入る予定だった給与を充てにして、
当時の武富士のCM「レッツゴー!」と口ずさんで無人機で資金調達し、
大阪のミナミで飲み歩いていました。

皆それぞれ、様々な事情を抱え、また夢見ながら、
日々、飛び込み営業をし続け稼ぎ出したお金が、
コミュニケーションラインの通帳に集結しています。

Nさんは、最初から時が来るのを狙っていたのかもしれません。
すべてはNさんの掌の上だったのでしょう。

迷っている時間はありませんでした。
Nさんが、勝手に退職金を決めて、振り込んでしまう前に、
何らかの回答をNさんに示さなければなりません。

Nさんの退職金をいくらにするのか?
まず各々で一晩考えて、その考えを翌日の会議で話して決めるということになりました。

家に帰ってから、フトンに寝そべりながら考えました。
「全員で土下座したら、100万くらいで許してくれるかな」
「弁護士に相談して、口座を凍結できないかな」
考えているうちに邪な気持ちも出てきて
「Nさんとグルになって、一緒に出て行けば、自分の取り分は確保できるかな」
人間として最悪な考えも頭によぎりました。

何時間考えても、これという方法は見つかりませんでした。
そこで、気分を変えようと思い、日課としていた、120万のローンで購入した、
成功哲学のテープを聴きました。

成功哲学は、一巻一巻成功者の談話等で構成されていました。
その晩、手に取ったのは、自動車王ヘンリーフォードの巻でした。
ヘンリーフォードは説明するまでもないと思いますが、
当時不可能と思われていた、自動車の大量生産を実現し、
自動車の低価格化、一般大衆の自動車普及に貢献し
一代で莫大な富を築いた人物です。

ヘンリーフォードは、インタビュアーから尋ねられました。
インタビュアー 「成功するのに必要不可欠なスキルを一つだけあげるとしたら?」
ヘンリーフォード「相手の立場になって、物事を見たり考えたりする能力。
               これさえあれば成功できる。ほかに何も必要ない」

その言葉を聞いて、私の頭の中で化学変化が起きました。
今まで、自分の立場でしか物事を考えていなかった。
Nさんの立場になって、物事を考えてみようと思いました。

すると、今までと違った見え方、考え方が出てきました。
NさんはNさんなりに、僕等を喜ばそうと行動し努力していたことに
気付きました。
エグい交渉をして取引先から憎まれても、僕等が喜んでくれたらいいと
思ってくれていたことに気付きました。

ところが、私たちは自分の営業の取り分の事しか頭にありませんでした。
良い条件を取ってきてくれるNさんに対して、何の感謝もなく
営業をサボりやがってとしか、見ていませんでした。

そもそもNさんがいなければ、コミュニケーションラインは誕生すら
していません。

Nさんは、自分の気持ちが通じないことに憤りを感じ、
退職金要求をせざるをえない状況になったのだと思います。

退職金をいかに安く抑えるか?でなく、
Nさんの立場だったら、今何をして欲しいか?
を考えるようにしました。

Nさんの夢はNTT一次代理店になること。
一次代理店の権利を譲ってもらうにも、法人各が必要です。
Nさんはコミュニケーションラインを離れると法人を新たに作る必要があります。
新たに会社を作るには、お金が必要です。
代理店業を軌道に乗せるのも、ある程度の運転資金が必要です。
Nさんが必要としている、「法人」と「運転資金」を
残りの6名で用意してあげる、それを退職金代わりにすれば、
我々の気持ちもNさんに通じるし、Nさんも喜ぶだろう
という案です。

そして、翌日の会議で、私の案を皆に言いました。

具体的には、コミュニケーションラインが500万出資して、新会社を作る。
その新会社の代表はNさん。それでNさんに念願のNTT一次代理店になって貰う。
代理店経営が軌道に乗り出た利益で、コミュニケーションラインが出資した
500万の株式をNさんに買い取って貰う。
うまくいけば出資した500万も戻ってくるので、退職金を払うよりずっと得です。
あくまでうまくいけばの話ですが・・・。

私の案を聞いて5名の顔はみるみる険しくなりました。

事務員のSさんだけは「山本さんの案は素晴らしいわ〜」と感動していましたが、
Sさんの懐が痛むわけでないので、私を含めた6名とは立場が違います。

私の説明が終わってから、しばらく沈黙が続いた後、
5名から矢のような批判が次々と私に放たれました。

「Nを信用していいのか!」
「Nは、また新会社を悪用するのではないか!」
「Nは、出資金の500万を持って逃げるのではないか!」
「Nは、何をするかわからない人間だろう!」

私も昨日までは、皆と同じでNさんの事をを全く信用していなく、
恨みもあり、早く出て行って欲しいと思っていました。

そんな私が、たった一日で全く正反対の事を言うわけですから、
批判するのも仕方がありません。
批判されるのは覚悟の上でした。

5名の中でも、最も痛烈に批判したのは、最年長のKさんでした。

「おまえは頭がおかしいのではないか」
「おまえは裏切り者だ」
あげくの果てには、「Nとグルではないか?」と
私を疑ってきました。
結局、Kさんが激高した為、会議は紛糾し
結論が出ないまま終わってしまいました。

タイムリミットは迫っています。
今日中にはNさんに何らかの連絡をしないと、
Nさんが勝手に決めた退職金で、会社のお金をごっそり
抜き取られてしまうかもしれません。

そして、痺れを切らしたのかNさんから私の携帯に電話が入りました。
何も決まっていないので、電話に出たくはありませんが、
無視するわけにも行きません。

もしかしたら、時すでに遅しで
「もう時間が過ぎたから、退職金1000万は、
振込完了しました。空っぽの通帳と実印を取りに来てください。」
と言われるかもしれません。そうなれば一巻の終わりです。

高鳴る鼓動を抑えながら、Nさんの電話に出ました。
すると「おー山本、決まった?」と思ったより明るいNさんの声でした。
その明るさがよりいっそう不気味さを感じさせました。
「すいません、まだ決まっていません」とNさんに言いました。
ここで言葉が終わってしまうと「じゃあ、もういいわ、自分で決めるから」
と言われかねません。なので間髪入れず次の言葉に繋げました。
「まだ決まっていませんが、私の考えは言いました。それは・・・・」
と会議で5名に説明した内容を話しました。
私の一方的な話が終わってから、2、3秒の静寂が流れた後、
Nさんから意外な言葉が返ってきました。

「あっ、そう。退職金の件は冗談やから。」
「あまりに腹が立ったから、おまえらが どんなに困るか見たかっただけ。
 生活費の30万だけくれたら、株も返すし、通帳も実印も返すから」

Nさんの言葉を聞いて、ガチガチに力の入った体から、
スーッと力が抜け、思わずその場でへたり込みました。
意外な言葉と言いましたが、私の心のどこかでは、
Nさんならこう言うだろう、という一縷の期待があり、
ある意味、その期待通りの言葉でした。

ただ、もし退職金30万と言っていたら、どうなっていたのか?
Nさんの真意はわかりませんが、もしかしたら根こそぎ退職金として
持ち去ったかもしれません。

教材からのヒントで、九死に一生を得ました。
120万円の負債が、120万円の数倍以上の資産に変わった瞬間でもありました。

そして、後日、30万円をNさんに支払い、
無事に会社の通帳と実印は返してもらいました。

給与日、予定通りの金額を貰い、すぐプロミスの無人機に向かい、
残りの一括返済をしました。
液晶画面の一括返済を力強く押した瞬間、
開きかけた地獄の釜口がパタンと閉まり、
新たな人生への扉がまた開き始めたことを感じました。

プロミスのゴールドカードは、ワイルドにへし折る予定でしたが、
万が一を考え、まだ取って置くことにしました。

そして、Nさんが去り、6名での新体制のはじまりです。
トラブルメーカーのNさんが去ったので、
これでようやく平和が訪れる。
落ち着いて営業に専念出来ると思えたのも束の間でした。
Nさんの影に隠れていて、今までわからなかった、
新たなトラブルメーカーが6名の中から現れたのでした。

Nが去った後、誰が会社の実権を握ったのか・・
Nが去った後、6名の力関係は・・・
6名の中で、誰が問題を引き起こすのか・・・
山本は、どうやって社長になったのか・・・
次回に続く・・・

次回は、7月5日にアップ予定。
posted by やまもと あつひさ at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人見知りの私が社長になるまで 第11話〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月02日

人見知りの私が社長になるまで第16話

Nから通帳と実印の奪還に見事成功
Nが去り、コミュニケーションラインに
平和が訪れると思いきや・・・
今までNの存在で隠れていた、
トラブルメーカーが6名の中から出現
壮絶な戦いの末、意外な人物からの
サポートを受け遂に山本は社長になるのであった・・


Nさんが去り、一番喜んでいたのはGさんでした。
なぜなら、Gさんは私以上にNさんを憎んでいたからです。

Nさんは事あるごとにGさんに辛く当たっていました。

どんなに辛く当たっていたのか?
例えば、事務所移転で起きた出来事です。
Nさんの強引な勧めで事務所を移転したのですが、当然お金がないので、
業者を使わず自分たちで引越し作業をしました。

その作業中、GさんはNさんの許可を取らず、別に取る必要はないのですが、
小休憩を取り、S事務員と世間話をしていました。

その場面を目撃したNさんが、気に食わなかったらしく、
Gさんの胸ぐらを掴みながら「おまえ、なに、Sといちゃついとんねん!」
と激しく罵倒しました。

必死でGさんは謝っていましたが、Nさんの興奮は冷めることなく、その日は、
何度もGさんを執拗に責め続けていました。

私もNさんに罵倒された事がありますから、Gさんの気持ちはわかります。
Gさんは、私に次ぐ売上をあげていました。
Nさんが嫌で辞めようにも、辞めたら間違いなくコミッションは
1円も入ってこなくなります。
今までの苦労が水の泡です。

だから、Nさんからどんなに理不尽な事をされたとしても、
私もそうだったのですが、Gさんも我慢するしかなかったと思います。

私はNさんより3歳下でしたから、ある程度は年上だから仕方がないと思えたのですが、
GさんはNさんと同じ年です。なので、GさんのNさんに対する憎しみは私以上だったと
思います。

しかし、Gさんを一番頼っていたのはNさんでした。

当時、創業メンバー7名で結婚していたのはGさんだけで、
私を含め6名は、独身で定職にもつかずフラフラしていたような人間でしたから、
全く蓄えがありません。

Gさんは家庭もあり堅実に貯蓄もしていたようなので、Nさんが物入りのときは、
「Gちゃ〜ん」と、都合よく頼られていました。

Nさんが勝手に決めた事務所移転ですが、必要な移転費用を出したのは、
Gさんでした。
Gさんは争いごとが嫌いで、波風が立つくらいなら、自分が我慢すれば
というタイプでした。

Nさんが去ったときGさんが言いました。
「これで、ようやく平和が訪れる」と。

しかし、Gさんの希望していた平和は、訪れませんでした。

ある意味、Nさんがフタになっていて抑えられていた問題が、
Nさんが去ることで、噴出したからです。

その問題とは、最年長のKさんです。

コミュニケーションラインは2名代表制を取っていましたから
KさんとNさんが社長でした。そのNさんが去った後、社長はKさんだけとなり、
残った6名のトップは自動的にKさんです。

Kさんは元社会人野球出身者で、小さいころから野球一筋、
バリバリの体育会系の人でした。
飲みに行くと、体育会らしく最年長者ということで、
いつも全員分全額おごってくれました。ただし借金です。

体育会系であることは問題ないのですが、とっても器が小さい人でした。
例えるならば、お猪口(オチョコ)位の大きさです。
その器の小ささがトップとしては大きな問題でした。

例えば、私をはじめ残りの5名の意見に対し、
Kさんは常にNOを出しました。

新しい工事会社と取引したいと相談すると、NO
OA機器も販売出来るようにしたいと相談すると、NO
とにかく何を言っても、答えはNOでした。

なので、Kさんには黙って事を進めることにしました。
しかし、Kさんに後でバレてしまうと「おまえ何で俺に黙っていた!」と
野球で鍛えたごっつい体から放たれる暴力をチラつかせ凄まれます。

特に私に対しては、「お金を貸してくれなかった」という逆恨みがあるのか
Kさんは事あるごとに「山本は、自分さえ良ければいいと思っている人間」
「俺が困っているとき助けてくれなかった」「あんなにおごってやったのに」
と器の小さい発言を繰り返しました。

あと、Kさんは、よく八つ当たりをしました。
例えばこんな事がありました。
Kさんは実家のある広島に遠征営業をしました。都市部で営業するより、
地方の方が営業し易いからです。Kさんの思惑どおりよく売れたのですが、
ただ工事会社が約束どおりの工事をせず、キャンセルが続出しました。

原因は、Kさんが工事会社の調整を怠り、見切り発車で遠征をしたからです。
しかし、その責任は、私をはじめ5名にあると、はげしく怒りました。

我々に怒っても仕方ありません。
文句があるなら工事会社に言えばいいのですが、工事会社には言いませんでした。

ちょっとでも、トラブルめいたことがあると、「何やってるんだ!」と
八つ当たりされました。
Kさんの悪口が続きますが、極めつけはKさんは全く決断しませんでした。

会社として決めなければならないことがあったときは、
Kさんから決まって私に「山本はどうする?」と尋ねられました。

「Kさんはどうしたいのですか?」と何度尋ね返しても、
「山本が決めたらいい」と返されます。

堂々巡りなので、最終的には私が決めます。
でも、それで結果がうまくいかなければ、「山本が決めたから責任を取れ」
とKさんは詰め寄ります。

そんなこんなで、とにかくKさんはトップとしては失格でした。

そして、ある日、Gさんと一緒にいる時、Gさんの携帯にKさんから電話がありました。
例の工事会社の件で、Gさんを激しく責めていたようです。
Gさんは電話が終わると、「またか。俺に言われても困る」
と言いながらウンザリした表情をしていました。
続けてGさんは「Kさんには社長を辞めてもらおう。ヤマモッチが社長したら」
と言いました。

遂に社長になれるチャンスが到来!と思われたかもしれませんが、
実を言うと私はこのコミュニケーションラインでは、
社長になりたくありませんでした。

なぜか?この状況で社長になると、あまりにリスクが高すぎるからです。
設立からNが去るまでは、会社の実印はずっとNが持っていました。
Nが、私の知らないところで、どんな契約をしていたかわかりません。
もしかしたら、会社を利用して莫大な借金をしていたかもしれません。
どこでどんな約束や取引していたか不明なのです。

あと、Nが別の会社から連れて来たフルコミッションの営業マンが、
まだ残っており、クレームだらけの悪質な営業をしていました。

最終的には会社の責任は、社長の責任です。
へたに社長になったら、借金を背負うかもしれないですし、
Nが連れて来た営業マンのせいで、悪徳営業会社の社長として、
世間の注目を集めるかもしれません。

社長になるより、このまま営業マンとして営業に集中して稼いだ
ほうが気楽ですし、リスクも少ないのです。

という訳で、Gさんの「ヤマモッチが社長をしたら」という言葉も、
聞こえないふりをして、やり過ごしました。

しかし、このままKさんが社長でも、コミュニケーションラインが
バラバラになるのも時間の問題です。

念願の社長になれるチャンスは目前です。
おそらく「私がやる!」と決めれば、KさんとKさんの飲み仲間のIさんは反対しますが、
私とGさんを含めた4人は賛成しますから、多数決で勝ちます。

ただ社長になっても、前任者のNさんとKさんが散らかした会社ですから、
前途多難です。

設立から4ヶ月経っても、税務署の届けもしていなく、帳簿も付けておらず、
源泉の納付もしていない、お客さんからのクレームも日々続出、
何から手を付けたらいいかも、わからない有様の会社です。

でも、誰かが社長をしない限り、Kさんを解任することは出来ません。

三日間考え抜いた結果、私は社長になると決めました。
隠れていた会社の借金が出てきたり、
深刻なクレームが発生しお客さんから
損害賠償請求されることも覚悟の上でした。

何で覚悟が出来たのか?きっかけは何だったのか?
どんな思考の経過があって社長になると決断出来たのか?

思い出そうと当時の記憶を辿りましたが、もう10年以上前ですから
忘れました。

社長になると決めたことをGさんに言いました。
Gさんは言うまでもなく賛成し、I君とM君も賛成してくれました。
株式は6名で均等割していましたから、Kさんが拒んでも株主総会をすれば、
多数決でKさんを解任し、私を新社長に就任させることが出来ます。

法的には株主総会を開いて多数決でKさんを解任すればいいのですが、
理想を言えば株主総会なんかでなくKさんと話し合って、
自らの意思でやめてもらうほうがいいに違いありません。

仮にも、今まで一緒に頑張ってきた仲間です。
株主総会で一方的に議決を取って、辞めさせるというのは、あまりに冷酷です。

でも、現実は冷酷です。ドラマなら話し合うかもしれませんが、
誰もKさんと話し合いはしたくありませんでした。

よって、株主総会を開くことにしました。
株主総会を開くには、株主全員に総会の五日前に召集をかけなければ、
法的効力はありません。
Kさんには、電話で伝えることになりました。

Gさん、I君、M君は、Kさんに電話するのを嫌がったので、
私も嫌ですが、Kさんに電話しました。

山本「○月○日○時、株主総会を開くんで来て貰えますか?」
K 「なんやそれ?内容はなんや?」
山本「内容は電話では言えません。とにかく株主総会に来てください。」
K 「俺を罠にはめようとしてるな!よーし、わかった。今から山本
○公園まで来い。殴り合いで決着つけようぜ。もし来なかったら
   今度会ったとき、○○○、△×□、夜道は気をつけて歩けよ、ガチャッ」

とても文章では書けない言葉をあびせられ一方的に切られてしまいました。

もしかしたら、お読みのあなたは、大の大人がそんな事言うわけない。
大袈裟に書いているだけと思われたかもしれませんが、全て事実です。
当時の記憶を辿りながら忠実に書いています。

Kさんには、あらためて手紙で株主総会の通知をしました。
法的に召集の証拠を残す為、書留で送りました。

そして、株主総会当日。
開始時間に揃ったのは、私、Gさん、I君、M君の4名です。
KさんとIさんは、まだでした。
開始時間を10分過ぎても、KさんとIさんは現れません。
たとえ二人が来なくても、参加の4名で過半数を超えているので、
株主総会は有効です。Kさんを解任し、山本を新社長に就任させる
ことは可能です。手続きに必要な会社の実印と通帳も、
Nさんに返してもらってからは、
銀行の貸金庫に保管していたので問題ありません。

しかし、株主総会の議決で終わるにしても、一応、Kさんには社長を解任した
と言うことを伝えなければ、なんとなく中途半端です。
言わない限り、Kさんは社長のままだと思っています。
株主総会は年末でした。
明日から正月休みというタイミングだったと思います。

コミュニケーションラインが始まってから、私もGさんもI君もM君も、
ずっと不安を抱えながら、我慢に我慢を重ねて、頑張ってきました。

4人の共通の思いとして、このゴタゴタは年内に片付けたい、
来年は新体制でスッキリとした形でスタートしたいという思いがありました。

しかし、Kさんに電話で社長解任を告げるのは、かなりのプレッシャーです。

誰も電話する様子がなかったので、私が電話しようと受話器を上げようとした瞬間、
意外な人物から待ったが入りました。

それはGさんでした。今まで、どちらかと言うと事なかれ主義で、
波風を立てることを嫌がっていたGさんです。
Gさんは、おもむろに受話器を持ち上げKさんに電話したのです。

Gさんは、いつもの口調と違い毅然とした口調で言いました。

「Kさんはトップとして失格であると4人で判断しました。
本日を持って社長を解任しますがご了承頂けますか?」

Kさんも、Gさんのいつもと違う雰囲気に圧倒されたのか全くの無抵抗でした。
それどころか「わかった、社長は辞めてもいいけど、今までのコミッションは払ってくれるのかな?」とお願いしてきました。
「今までのコミッションは当然お支払いしますので、社長は解任です。」
ということで、あっさりとGさんが片付けました。

そして、株主総会で、Kさんの社長解任の議決に、4名の手があがり、
山本の社長就任の議決に、Gさん、I君、M君の「異議なし」の手が
3本あがった瞬間、遂に私は社長になりました。

「人見知りの私が社長になるまで」これにて完結です。


次回から新シリーズ「人見知りの私が年商10億円社長になるまで」をお届けします。

遂に山本は社長になった
社長として山本は、まず何をしたのか?
NとKが去ったことで平和が訪れたのか?
山本が恐れていたNが残した○○が現れる
山本の覚悟を試すような出来事が
次々と勃発するのであった・・・
新シリーズに続く

posted by やまもと あつひさ at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 人見知りの私が社長になるまで 第11話〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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